カテゴリ: 悲しいこと


横澤花見の会

かつてフジテレビの横澤班では花見の会が
碑文谷にあった横澤邸で行われており
ひょうきん族や、笑っていいとものAD時代お邪魔したものである。

フジテレビを退職されてからも
誰とはなく旧スタッフがその時期になると集まって
春には花見、秋には月見という名前は風流だが
なんとなく、旧交を温める会が催されていた。

横澤邸の近所に桜のきれいな鮨屋があったことも
その理由の一つだろう。

この写真は2010年のものだと思われる。
いつも勘定を持つと言い張って
若者たちが払おうとすると不機嫌になる
いかにも横澤さんらしい会だった。


2011年1月に横澤彪さんが逝去されてからもう5年の歳月が流れた。

現在では
碑文谷の横澤家も取り壊され、
未亡人は生前ご夫妻で転居寸前だった広尾にお住まいなのだが
折に触れて、この花見の会は存続している。


未亡人に、ひょうきんディレクターや初期のいいともスタッフが集まり
最近のテレビの話や現状など語る会になっている。
いまでは、様々な恩讐も忘れて、素晴らしいフジテレビの時代を共有した
後輩の僕が言うのも僭越だが、よき仲間のひと時になっているのだ。


本年も4月の開催があると伺っている。


さて、2011年1月8日に急逝された横澤さんは
その年の1月2日に池上本門寺に詣でられ御神籤を引いている。

それは、まさしく大吉で

さみしさに
何とはなくて来て見れば
うれし桜の花ざかりかな、

とのご託宣。

この御神籤が僕は大好きで、遺品としていただかなかったことを
いまでも後悔している。


そして桜の季節がくると
そっと、この歌を思い出している。

そして
その池上本門寺に横澤家の墓はある。




痛ましい事故もあったので
笑いにしたり茶化したり
するつもりはないのだが、
それにしても、台風は凄かった。

地震で
東日本が大変で
先の台風が西日本を根こそぎ流した。

今回は中部と東海と関東。
そして被災地へのさたなる痛撃。

日本列島が悲鳴を上げると比喩じゃなく思えてくる。

今年は
水に流された町や、駅に止まって帰れない人や
体育館の避難の風景など
なんども、同じ映像をみた。

しかも
地震に関しては余震をはじめ不安がとれない。


一番は
福島の原子力発電所が
まだ修復していないことだ。

メルトダウンどころか
スル―していたのだから
冷温停止などということがいかなる意味が
あるのかもう判り兼ねる。

菅直人さんや枝野さんが
あの時本当のことを言えなかった・・・・
パニックになるのが怖かったから
と言い出さないことを祈る。



大地震の夜。


相当の落下物のあった事務所


中目黒の8階にある吉田正樹事務所はの方は

全員避難したらしい。

送ってくれた写真によると

相当に無茶苦茶になっているのが解る。


地下のライブハウスGROUNDでは

100名ほどの帰宅困難者


テレビの中では

言語に絶する東北の惨状。



間断なく襲いかかる余震・・・・・


深夜にへとへとになって

帰宅したわれわれ夫婦は

さぞ、酷いことになっているはずの

我が家のドアをゆっくり開けた。

緊張で胃が飛び出そうな気持。


地震直後の興奮から少し冷めていることも

逆にドキドキした気持ちにさせる。



玄関を入って拍子抜けした。

あれ、本が落ちてない。

我が家では廊下に本棚を作っているので

まず、その書棚が目にはいった。


リビングも

キッチンも

ワインも無事だった。



ただ

高い所に飾ってあった

三輪神社と寒川神社の御札が

そっと、床に4枚落ちている。


まるで

そとでみんなの仕事をし終えた

僕たちをねぎらうように・・・・

身代わりとして守ってくれたように・・・




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