2012年07月

うかうかしていると
吉田正樹事務所の3年間が4年間になってしまう。

現に今の時点が3年と7か月は過ぎている。


岩崎夏海を採用したが
彼がやってきたのは3月から

最初の二か月は
自宅に事務所を置き
オフィスを探していた。


なんとなく
急いでも仕方がないと思ったのだが
仕事は意外と決まっていった。


しかし
あてにはしていなかったが
頼まれたつもりだった仕事が
なんとなくなくなったり

いったいどういうやり方が
いいのか
途方に暮れていた。


逢う人からは
これから
何をやるんですか

必ず聞かれる問いであった。


岩崎夏海は社員第一号として
吉田正樹事務所に入ることになった。

給料は勘で決めた・・・・
高いんだか安いんだかわからない。

プロデューサーとして多くの
出演者や、作家のギャラを決めてきたはずなのに。


2009年の1月1日に退社することにしたのは
いろいろな理由がある。

2008年の春には退社の決意をしていたのだが
同期の西渕情報局長が
お台場冒険王の団長をやることになっており
その副団長を同期4人がやることを
引き受けてしまっていたのだ。


ではそれが終わったらと思ってはいたが
年末年始には
多くのお笑い番組があり
とりわけ、元日には
長年かかわってきた爆笑ヒットパレード
そしてかくし芸の放送があり
これをフジテレビマンの立場でやり遂げたかったのである。


そんなわけで
元日の退社というへんてこなタイミングで
港バラエティー局長から辞令をいただいて
お台場をあとにしたのである。


こうして岩崎夏海との
奇妙な会社が始まった。


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