2005年03月

あさから洗車に出かけた。
日曜日の麻布界隈はすいてて気持ちがいい。
自宅に戻ると
なぜか爆睡。
一週間の花粉症の疲れがどっと出た。

夜妻がレミゼラブルに行くというまで起きず。
戻るまで起きず。
二人でもらい物のふぐを刺身とちり鍋で食べた。
馬鹿にした物じゃあなかった。
シャブリを一本空ける。

サイドウェイはワインの話というより
何事かをなしえていない人生の
折り返し点の気持ち、生き方がテーマだろう。

もちろんワイン話に仮託しているところは大いにあるが、
実際にはなにが人生で必要で、重要か、といったところだと思う。
夢に向かって生きていくだけで楽しかった時代が終わりを告げ
失敗もした自分、目標としていることも求めているぬくもりも
なかなか、おいそれとは手に入らない。
人はそれに耐えるだけの強さはない。

まさしく、放って置いても正しく育つ強いカベルネではなく
繊細でしかし忍耐強く育てれば
素晴らしい変化を遂げるピノこそが人生の姿なのだ。

durian氏の人生はいまいかがだろうか。
そして突然だが
amiさんのブログに夢中である。
どこかで出会って登場人物になってみたいものだ

ル・テアトル銀座デモクラシーを見た。
市村正親さんと鹿賀丈史さんの顔合わせである。
西ドイツのブラント首相とその個人秘書ギョームのお話し。
このギョームが旧東ドイツのスパイで、
東がキーマンであるブラントの東方政策の本音を
探らせるために政権の奥深くに打ち込んだ草だったのである。
結局ブラントはこのスキャンダルで辞職する。
芝居としては恋もトリカエバヤ物語も無く
政治をめぐる権力の駆け引きとこの主人公二人の気持ちしか
でてこないため退屈な部分が相当ある。
この大物二人の顔合わせという点が無ければ辛いだろう。
しかし政治史、個人と民族の存在まで視野に入れたとき
なかなかの秀作と思われた。

かつて戦間期のドイツ、ワイマール共和国から
第三帝国の成立という文化的にも政治的にも
ドラマチックな時代は、面白かったワケであるが
戦後はいまいちボーっしている印象だった。
(映画マリア・ブラウンの結婚くらいか)

だがわれわれはもの物語の最終章を知ってしまった。
それはベルリンの壁崩壊という東西ドイツ統合の劇的な
クライマックスである。

そうしてみるとこのタイトルにも深い意味が込められている。
6000万西ドイツ国民がそれぞれの
声を勝手にいっせいに上げ、一瞬だけ同じ声に唱和したら
また勝手なことを言い出す。
まさに民主主義の本質を言い表している。
またこうもいう。
敗北すれば運動は純粋でいられる、なぜなら何もしなくていいから。
勝利してしまったあなたは何かをしなければならないのです。

観劇後は、妻がパーティーに出席のため
ひとりで銀座ほかけ鮨

再度合流してヒルズでサイドウェイ
イル・ムリーノのバーで
カリフォルニアのピノ・ノアールを一本。
サイドウェイはまた書く。
たしかにDURIAN氏によく似ていた。
http://durian.s35.xrea.com/mt/

フォーシーズンホテル
夕刻から結婚式。
パーティーかと思ったら
ちゃんと着席で重々しい宴であった。
主役の新郎の友人として出席した。
世界的広告代理店の営業マンである。
父上は有名企業のオーナー社長らしい。

しかしいたって本人は人懐っこく
素直な頑張りやさんで、ボクよりも
相当な若者だが結構好きな一人だ。

何の間違いだか結構主賓たちの席に案内され
大汗をかいた。
幸いにしてわが社の先輩がいらっしゃったりして
場をつないでもらったり、
そして
さすが広告代理業の幹部は
愛想もよく
逆に気を使ってもらったようだ。

それにしても若者の結婚は清清しくも
羨ましい。
若さの無謀さと陶酔。そして無邪気な可能性
どれをとっても胸がキュンとなる懐かしさだ。
そして新婦の両親の涙を見ると
なんと子育てというものは
虚しい苦労で、しかもだからこそ素敵な苦労だろうか
という感慨に打たれる。
いつもこの展開に
陳腐だと思いつつもきっちり泣けるのだ。

スーツの4つ付いているはずのボタンが
3つしかなくて結構あわてた。
ルイヴィトンの礼服もどきだが
格好よすぎて
ポケットも使えず
セカンドバッグを忘れたので
ホテルでもらった小さな紙袋に
ずっと財布と電話、ご祝儀、デジカメを
入れて行動していた。
なんか秋葉系な感じ。

かえって鮨でもと思ったが
金八先生を見ていたら遅くなり
もらい物のいくらとうにで
夫婦でご飯。
そのあとビデオ。

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