ちょっと、随想風のフィクションもいいかな、と思う。


近江路は懐かしいようで遠い。

少年のころ乗っていた快速電車が
開通したばかりの湖西線まで行くのか
行き先が堅田という耳慣れぬ地名で
ぼうっとした、遠くのくに、という響き以外には
まるで想像の働かぬ 記憶があるのみである。


一方で
琵琶湖バレーだとか
竜王スケートセンターとか
下世話な宣伝文句は妙に口につくのであった。

むろん歴史に登場する
様々な存在、近江京だの瀬田の唐橋だの
六角氏だとか
浅井朝倉氏だとか
安土城や長浜城 
歴史小説やドラマではよく知っているつもりになる。


しかし
人生を振り返ってみると
現在の滋賀県に降り立ったことは数えるほどしかない。


日本の古代、中世から
王城の地の周辺でなにかを見てきた風景を
確かめに行きたくなった。


そんなことから
ある、初夏のころ
京都から湖東の地に向かうことになる。 


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岩崎夏海はよく怒られていた。

もっとも記憶に残るのは
TBSの若手との会食後
有名放送作家とその会食相手と銀座で合流。
ワインバーで飲んだ後、鮨屋へ。
こちらもすでに広尾で中華を食べてきているのだが
F先生がご自分の行きつけに少し顔をだすというのでお付き合いである。

先方の会食相手も一緒で大人数でカウンターを占領。
一通り盛り上がって、さあ帰ろうと
お会計をしましょうかという雰囲気。

F先生が自分の店だから支払いをしようとすると
岩崎君が、いや、すべて終わりましたと澄ましている。

いやF先生の顔もあるから
そういうことじゃなくというと
すでに僕のカードで領収書もいただき済み。



思わず激怒して
ここはリセットしてやり直しというと
本当に情けなそうな顔をする。
全員がちょっと、あーあという雰囲気になる。

そういえば
この人を雇うときにちょっぴり先輩の業界人が
注意するように助言してくれたのを思い出していた。



いい加減、年齢も行っているのだから、とあきれることもあったが
さすがの岩崎夏海は着々とエネルギーをためていたのであった。


そのあと
彼の大成功に目を見張ることになる。 

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