M -1について

twitterにふと投稿した感想を備忘録として上げておきます。Twitterでの投稿を時系列で並べてみたものです。一部字数の問題で読み辛い所もあるかもしれません。

島田紳助さんがM−1を提唱した精神は、一番面白い漫才師を選ぼうと言うことであったと記憶する。
何しろ最初に番組化をオファーされ、当時のフジテレビとして検討した立場だからそんなに誤解は無いと思う。

だからチャンピオンは面白い「漫才師」なのであって、お笑いニュースターになれるかはこれからの話。

この件は後述する。

実際のところやはり、この大会は実力者が出場し、競い合っただけあってやはり小気味好い面白さだった。
お笑いのリズム感やテクニック、運動神経みたいなものは大阪文化が生んだ芸術だと思う。

テレビスターには他の方法でもなれるし、むしろそれを目指してないからこそ漫才道に精進できるのでは無いか?
コンテストは多くあるがことM−1の関してはその精神が大事だと思う。
第一回優勝の中川家なんかはそういう思いで選ばれたような気がする。
大阪では(初回は)20%を超えたが東京では10%に達しなかった

漫才にはいろんな価値観や新しい表現方法。独自の世界観みたいなものを盛り込む可能性もあるが、
当面求められているのは、王道の運動神経やリズム感だろう。
この辺は予選や決勝の価値観のすり合わせを今一度する必要がある。

漫才自体の形を逸脱するような、例えばキングオブコントなら許される表現方法の変更のようなものも、漫才師コンテストだと思えばむしろマイナスに働いていることに出場者は気づく必要がある。
しかしそれはテレビというメディアが求めている価値の革命とは少し違うのだだから笑いに世界観や革命を持ち込もうといているならこのコンテストには出ても仕方がない。

もっともその両方ができたのがダウンタウンだったが。
そこに気がついていたのも紳助さんだったような気がする。

紳竜がもう漫才を止めようと思ったダウンタウンの漫才を超える革命的な漫才が見たいと思うのは僕の我が儘だろうか。
若者のチャレンジは制度や分野という区切りを超越することがあるのではないか。

今東西で、高視聴率を取れる一大コンテストとなったからこそ、開始時の価値観とニュースター発掘の整合性や、テレビがもつ拡張性をうまく利用してゆくことが大切ではないかと思う。昔千鳥が出始めの頃ファンだったし(僕が)テレビマンの頃は一押しだったこともあったがそれは彼らの中に逸脱を感じたからだ。

平成も終わろうとしている今.
新しい漫才師たちは、革命家であってほしいと思う。
笑いの概念ごとぶち壊してほしいくらいだ。その意味で、貧乏な芸人の悩みの話は又吉で終わりにしてくれ、お腹いっぱいだからと冗談を言ったことを思いだした。

こう、書いていて自分はテレビマンなんだな、と改めて思う。
面白い人も好きだがそれ以上に輝く人が好きなのだ。
一言で言えば時代はスターを求めているので、いつもテレビはそれを探しているのだろう。

記憶を辿れば、第一回目が企画された頃は、ドキュメントバラエティーが天下を取り、それにコント勢が竹槍で一矢報いるべく、
笑いのムーブメントを開始した頃で、
その意味で漫才という文化もまたマイノリティーから細々と挑戦して行ったのだ。

そこには吉本興業の矜持があり伝統に対する責任感があった。

この続きはまた改めて書く。

木村太郎さんのクールな解説にしびれる。

少なくともちょっと鼻で笑われた感じになってもずっと
トランプありうると、テレビで仰っていた。

だれも日本のことなど優先して考えてくれるわけじゃない。
俺たちはこうする、日本も考えてくれ。
これがアメリカの結論。

移民に厳しいからアメリカらしくないなどと批判しても、世界で一番移民に冷たいのはわが国であり、英国にしても当方より開かれている。なにより政治業界の人でなくとも正直に自分の意見を言うことに見習うべき点はあるかもしれない。

多くの不安を抱かせながら。
いずれにしても自由に考える権利だけは守りたい。

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